くまのひざかけ

このブログはノンフィクションです。

無題

いろいろ思う事があり、暫くブログを非公開にしていました。

 

漫画は責任と覚悟を持って描いた事実なので、消しません。

ただ、記憶が尽きたので、一区切り。

 

趣味の話ならTwitterInstagramで事足りるので、更新は相変わらず稀です。

また140字以上綴りたくなった時に来ます。

 

取り急ぎ、近況まで。

おもひでぼろぼろ〜友情編〜

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コレをTwitterで起こしました。

 

過去に友人に暴言を吐かれた記憶とイライラが消えず、

彼のTwilogを漁り、引用RTで何度も晒し上げたのです。

『今更』と嗤われるのを恐れつつも、倍返しをしたくて。

 

案の定、DMで真意を問われ、

リプライ等で直接言わなかったことを咎められ、

経緯を説明したら『ショック』を連呼され、

絶縁

 

『傷付く』『ムカつく』と返したいツイートは他にもありますが、

もう出来ないので、自分の中で折合いをつけます。

 

どんな感情も、真っ直ぐ伝えること。

早目に、当て付けず、人を巻き込まず。

それが私の大きな課題です。

おもひでぼろぼろ〜仕事編 #5〜

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描き始めて1年。

描いて吐いた分だけ、思い出し怒りが減りました。
勿論記憶が失くなったわけではありませんが…
囚われて気が狂れる時間が無くなってきた気がします。
誰も褒めなくても、自分は褒めてやりたい事です。

明け透けに吐き出す

それが私に合った荒療治なのかも知れません。

ちなみにコレは10年前の話ですが、そのうち嗤えることでしょう。

おもひでぼろぼろ〜軽音編 #3〜

Twitterで何度吐き出してもスッキリしないので、此方でまとめさせてください。

漫画ではなく敢えて文章でいきますね。
 
2002年6月、学内定期ライブの打ち上げにて。
 
当時の部長H氏が、入部1ヶ月の私を指差して「幹事補佐」を命じました。
突然すぎて驚き、「何をすれば良いんですか…?」と聞くと、
彼はマジギレ。
 
「もう大学生なんだから、自分で考えて行動しろ!」
 
私は硬直⇒萎縮。
その後もH氏は、隙あらば説教を垂れました。
 
「やり方に正解は無いから!自分なりにやれば必ず評価されるから!」
 
「あいつ(女副部長兼幹事)は『何したらいいですか』なんて聞いたことないよ!?」
 
「あいつを見習って!あいつを助けてあげて!」
 
ごもっともですが、長いと疲れますね。
 
何なのでしょう。
新歓1回で飲み会の流れも幹事の動きも掴めなかった私が悪いのでしょうか。
まさか「ギター教えてください!」と寄ってきた新入生にも同じ事を言うのでしょうか。
 
しまいには二次会で、他の先輩達まで巻き込んでこき下ろし。
 
「こいつ馬鹿だよね〜www『何すればいいんですか』だって〜ギャハハハ」
 
ここは蹴飛ばしてもよかった所ですかね?
 
非常に胸糞悪い打ち上げでした。
 

あらためまして。

私は30歳まで本当にウジウジしていました。

学校でも職場でもいじめられ、
家族にも「お前が悪い」と叩かれ続け、
「私が悪いのだ」と言い聞かせ、
「ごめんなさい」が口癖で、
自分の一切の感情を封じ、
相手に同調し続ける。

他人の攻撃性ばかり引き出し、
攻撃体質の人間ばかり引き寄せる。

そんな人生でした。

それが、
地元と全く異なるタイプの他人と話したり本を読んだりするにつれて、
『何もかも私だけが悪いとは限らないんだ』
『嫌だと感じた事は正直に言って良いんだ』
と思えるようになりました。

同時に、関わった人達への怒りもこみ上げてきました。
それが『思い出し怒り』をしてしまう理由の一つです。
一言で言えば私は、
御人好しが過ぎて怒るタイミングを散々逃してきた阿呆なんですけどね。

『子供の為にも自分を大切にしたい』

妊娠以降はこの思いが強まり、
怒りを溜め込まぬよう、SNSでも吐き出しています。

学生時代は考え込む暇も無いほど趣味三昧でしたが、
子育て中の現在は発散方法も時間も限られているわけで。

『そんなん今更言われても憶えてないし、
どうしてほしいのか解らないんだけど』

コレ、一番傷付きます。

こっちは憶えてるからね?
出来事は今更でも、憤慨は現在のものだからね?
で、どうしてほしいかと?
謝罪だよ。
人間一人傷付けた事実を認め、反省するんだ。

もう一度言います。
謝ってください。

思い当たる記事を見つけた人達へ、粘着質の私より。

おもひでぼろぼろ〜中学校編 #2〜

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体操部=器械体操部+新体操部

  • 自分の入部時に2年生が居なかった
  • 部長は代々器械体操部員
  • 私以外の同期は新体操
そんな理由で、器械体操の私が部長に指名されてしまいました。

小学校時代から、班長等『長』の付く役職は大の苦手で、
集団を上手にまとめる事も仕切る事も、全く出来ないのです。

競技は別でも、基礎は同じ。
勝気なMは「もっとこうしたら?」等自分の意見を言うわけでもなく、
気弱な私を叩くばかり。
クラスの女子(柔道部)にも「もっと部長がしっかりしなきゃダメッ!」と叱られる始末。
文句言うならお前やれって話ですよね、ホントに。

ちなみに、
壮行会の挨拶や朝会の大会結果発表も部長の仕事。
吃音でタ行が出にくい私にとってはそれも地獄で、
下級生男子にまで「た、体操部でーす!」とからかわれるのでした。

そして学年集会の発表待機中も、
3年1組の問題児Tが最前列で「体操しっかりw」とニヤついたのが忘れられません。
(まさにこの1コマ目の表情でした↓)

私が引退してからは新体操部。
部長を決める時はちゃんと話し合い、良い後輩を指名。
頑張っていました。

これからバトンを渡す人達は、
あまり伝統に囚われず、いろいろよく考えたほうが良いと思います。

ゆびわ。


はい、宣言通り此方に来ました。
(詳細は下部リンクへ)

2012年6月。挙式1ヶ月前。
実家に届いた指輪に母が驚き、「どーすんの!」と私を責めた事から始まりました。
あまりにピッタリすぎて、当日が心配になったとか。

後日叔母(妹)に相談したそうで、
『自分は余裕を持たせて落としたから、ピッタリを選んだほうがいいよ!』とのこと。
先に言え。

昨年も思い出して気が狂れて、母にメールしました。

『笑い話に出来ないかなぁ?』

ふざけんな。
人を傷付けた側の台詞じゃねーだろ。

指輪自体は気に入っていますし、抜けた事も抜けなくなった事もありません。
ただ、恐らく、自分がボケるか死ぬかどちらかしないと忘れない。
そんな記憶も詰まっているわけです。