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くまのひざかけ

このブログはノンフィクションです。

家族とは

緊急家族会議 - くまのひざかけ

ちょっと補足を。

 

義母は別に、私が行政を頼っていた事を全否定したわけではない。

自身も母親の介護で少しお世話になったらしいし、

「いろんな家庭を見ているプロの話を聞くのは悪い事ではない」と。

ただ、近くに居る自分が頼られなかった事が悲しかったのだ。

どうせ仕事…と諦める前に、まず尋ねてみればよかった。

そう反省した。

 

何度も言うが、

此処は夫の故郷。実家は徒歩1分。

私は他人だが、家族の一員である。

行政に連絡するなら、旧居のように家族も誰も頼れない時だけではないか。

 

そして相談員もまた他人だが、友達ではない。

入園を待たず、愚痴れるママ友を作るのだ。

どのツールでもいいから。

 

新年度の人事もあり、

夫の子連れ出勤も義母の預かりも、入園ギリギリまでは出来そうにない。

まずは娘への態度を改め、感謝の気持ちを表そう。

緊急家族会議

日常 戯言

私が今まで市役所の子育て相談員に電話していたのは、

ママ友が居ないからであり、

ちょっと話を聞いてもらい、気分を鎮め、アドバイスを貰うもあった。

それが先日は、娘の態度で全然鎮まらず、緊急家庭訪問に発展。

昼休みの鉢合わせで顛末を知った夫(職員とは面識あり)が娘を仕事場に連れて行き、

私の毒親ぶりが義両親の知るところとなった。

 

義母に、娘を見てくれた御礼の電話をしたところ、

無言の憤慨から始まった。

『保健婦なんかに電話しないで!』からの、私の人格否定。

泣きながら返答していたら、電話が切れた。

(このふくれ顔で画面を押してしまったようで)

そのまま深酒し、電話の続きは夫に頼んだ。

 

互いに誤解があるからと、後日義両親を自宅に招き、話し合いの場を一席。

取調べと粗捜しにより、私の心の軸はバキバキに折れた。

夫は自分の親が昭和脳である事を熟知しているので、

どちらの話も静かに聞いていた。

 

義母には電話同様に最近から過去の事まで沢山詰られたが、

私自身もこの通り沈黙爆発型人間なので、何も言えない。

『失敗≠壁にぶつかる事』

そこだけ肝に銘じておこう。

 

月末まで夫が子連れ出勤し、義母に受け渡し、

私がなるべくひとりになれるようにする。

そういう取り決めになり、私は少し落ち着いてきた。

しかし、娘の帰宅後や翌朝にキレるようでは、何度預けても何もかも水の泡。

こればかりは入園までと思って何とかしよう。

 

我が家は義実家もその仕事場も徒歩圏内。

もはや旧居のような『孤育て』ではない点は、忘れてはいけない。

 

SOSの発信先とタイミングを間違えない。

これは今後も、どの場面でも重要だと思う。

私はもう間違えたくない。

閉塞

戯言 日常

夫の地元に引越して3ヶ月。

親族/市職員/たまに会う住人としか口を利かない生活だ。

 

娘もやむなく保育園を辞め、4月の幼稚園入園まで再び家庭保育。

ママ友も出来ていない。

(旧居はたまたま夫の患者さんが居り、手紙で知り合えた)

日に日に我が強くなる3歳児との時間は、酷だ。

私の鬼の形相は1年前より悪化している。

市の相談員に声を荒げる回数も増えた。

苛立ちを夫にメールしてみるものの、

「ブルーになるからやめて」「でも取り返しつかなくなる前に言って」と、滅茶苦茶である。

 

買物なりゴミ捨てなり、外出は1日1回はしている。

ただ、公園に連れて行こうとすると必ずアクシデントが起こり、やる気を失くす。

(だからもっぱら休日の夫の役目)

義母も仕事で、

支援センターは…細菌感染が怖くて躊躇う。

 

そもそも、此処に来るのは今春の予定だった。

それが、夫の上司のパワハラの所為で、早まった。

 

私はかねてからこの街で暮らしたいと思っていたので、「連れてきてくれてありがとう」と伝えたのだが、

夫の反応は「え…そう?」と意外だった。

その意味がやっと判った。

子育てが辛くなる私を心配していたのだ。

 

引越し直後から現在まで、夫の元ボスは借金取りのように執拗に連絡を続ける。

夫は、義父が引退して自分1人になった時の事でも頭を抱えている。

要は、夫婦共に病んでいるのだ。

 

それも考慮せず、先日、私はトドメを差すような言動に出た。

詳しくはTwitterの闇垢に書いたので割愛するが、

友達ならとっくに縁が切れているところだ。

夫は私と違い、過ぎた事を引き摺らないタイプではあるけれど、

今回は別だろう。

覚悟はしておく。

 

そして意を決して顛末を実母に送信したら、

『3歳児は大変だよね。愚痴は私に送って!』と返ってきて驚いた。

(どうせ産後のように怒られる…1歳から祖母に預けて働いてイヤイヤ期の記憶も無い人に言っちゃダメだ…)

そう思って行政にばかり縋っていたわけで。

 

人格はどうにもならない部分が多いけれど、

思い込みの激しさだけは少しずつ緩めていこうと思った次第。

 

 

無題

日常

いろいろ思う事があり、暫くブログを非公開にしていました。

 

漫画は責任と覚悟を持って描いた事実なので、消しません。

ただ、記憶が尽きたので、一区切り。

 

趣味の話ならTwitterInstagramで事足りるので、更新は相変わらず稀です。

また140字以上綴りたくなった時に来ます。

 

取り急ぎ、近況まで。

おもひでぼろぼろ〜友情編〜

漫画 日常

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コレをTwitterで起こしました。

 

過去に友人に暴言を吐かれた記憶とイライラが消えず、

彼のTwilogを漁り、引用RTで何度も晒し上げたのです。

『今更』と嗤われるのを恐れつつも、倍返しをしたくて。

 

案の定、DMで真意を問われ、

リプライ等で直接言わなかったことを咎められ、

経緯を説明したら『ショック』を連呼され、

絶縁

 

『傷付く』『ムカつく』と返したいツイートは他にもありますが、

もう出来ないので、自分の中で折合いをつけます。

 

どんな感情も、真っ直ぐ伝えること。

早目に、当て付けず、人を巻き込まず。

それが私の大きな課題です。

おもひでぼろぼろ〜仕事編 #5〜

漫画 過去 愚痴
f:id:sanarchy:20160407002518j:image

描き始めて1年。

描いて吐いた分だけ、思い出し怒りが減りました。
勿論記憶が失くなったわけではありませんが…
囚われて気が狂れる時間が無くなってきた気がします。
誰も褒めなくても、自分は褒めてやりたい事です。

明け透けに吐き出す

それが私に合った荒療治なのかも知れません。

ちなみにコレは10年前の話ですが、そのうち嗤えることでしょう。

おもひでぼろぼろ〜軽音編 #3〜

過去 愚痴 宴会

Twitterで何度吐き出してもスッキリしないので、此方でまとめさせてください。

漫画ではなく敢えて文章でいきますね。
 
2002年6月、学内定期ライブの打ち上げにて。
 
当時の部長H氏が、入部1ヶ月の私を指差して「幹事補佐」を命じました。
突然すぎて驚き、「何をすれば良いんですか…?」と聞くと、
彼はマジギレ。
 
「もう大学生なんだから、自分で考えて行動しろ!」
 
私は硬直⇒萎縮。
その後もH氏は、隙あらば説教を垂れました。
 
「やり方に正解は無いから!自分なりにやれば必ず評価されるから!」
 
「あいつ(女副部長兼幹事)は『何したらいいですか』なんて聞いたことないよ!?」
 
「あいつを見習って!あいつを助けてあげて!」
 
ごもっともですが、長いと疲れますね。
 
何なのでしょう。
新歓1回で飲み会の流れも幹事の動きも掴めなかった私が悪いのでしょうか。
まさか「ギター教えてください!」と寄ってきた新入生にも同じ事を言うのでしょうか。
 
しまいには二次会で、他の先輩達まで巻き込んでこき下ろし。
 
「こいつ馬鹿だよね〜www『何すればいいんですか』だって〜ギャハハハ」
 
ここは蹴飛ばしてもよかった所ですかね?
 
非常に胸糞悪い打ち上げでした。